札幌高等裁判所 昭和26年(う)908号 判決 1952年2月27日
控訴人 被告人 成田豊治
弁護人 西村卯
検察官 佐藤哲雄関与
主文
原判決中被告人成田豊治に関する部分を破棄する。
本件を札幌地方裁判所小樽支部に差し戻す。
理由
弁護人西村卯の控訴趣意は、同人提出の控訴趣意書記載の通りである。これに対し、当裁判所は、次の通り判断する。
第一点について。
原判決は証拠として、「一、裁判官の面前における証人車谷力三郎、村川サヨの各尋問調書二、司法警察員及び検察官に対する佐々木道作の各第一回供述調書」を挙示しているが、原審第一回公判調書によれば、検察官が他の証拠書類と共に右の各証拠書類を証拠として取調べることを請求したのに対し、被告人成田豊治及び原審相被告人西田正太郎の各弁護人から前者についてのみ同意した旨記載せられ、後者については何等の記載がないので同意がなかつたものと見るの外ないにも拘らず、原審が全部の証拠書類について取調べる旨の決定を宣し、その証拠調をしたことは所論の通りである。刑事訴訟法第三二一条によれば、被告人以外の者の供述を録取した書面は、公判準備又は公判期日に於けるものを除き、原則として証拠とすることができないのであつて、ただ同条第一項の要件を充す場合及び同法第三二六条の同意があり且つ書面が作成されたときの情況に照して裁判所が相当と認める場合にのみ例外として証拠として許容されるのである。しかして、前記の各証拠書類は、いづれも、公判準備調書ないし公判調書に該当しないのは勿論、前述の如くこれを証拠とすることの同意もなかつたのであるから、同法第三二一条第一項の要件を具備しているかどうかについて検討して見るに、記録上右の要件を充すものと認められるような状況はこれを発見することが出来ない。もつとも、原審第一回公判調書によれば、検察官は、前記検察官及び司法警察員に対する佐々木道作の各第一回供述調書を同条第一項第二号又は第三号の要件を具備する書面として取調を請求し、その要件を証明する証拠として札幌地方裁判所小樽支部裁判官から検察官にあてた昭和二六年九月一日附札幌地方裁判所小樽支部裁判官渡辺均名義の「関係書類送付書」(右関係書類の提出はない)なるものを原審に提出しており、該書面にはその表面に被告人成田豊治に対する「恐喝被告事件について請求ありたる証人佐々木道作の尋問の件は証人転居先不明の為め尋問不能に付関係書類を送付する」旨記載せられ、裏面に「記」として「一、証人尋問請求書一、証人尋問期日書一、請書一、送達不能」と記載せられているので一応佐々木道作の所在不明を推測し得ないでもないようであるが右要件に関する事実の立証は単なる疏明にては足らず証明を要すること勿論で且つ右証明は犯罪事実程には厳格であることを必要としないものと解すべきところ、右の書面は、関係書類が送付された事実の証拠となりうるに止まり、右関係書類の提出がないので何日頃送達不能となつたか明らかならず、従つて佐々木道作が果して昭和二六年九月五日の原審第一回公判期日当時同条第一項第二号又は第三号にいわゆる所在不明であつたかどうかの事実を立証するための資料としては不十分であると思料される。以上を要するに、前記各証拠書類は、いづれの点よりするも証拠能力を有するものと認めることができないのであつて、これを証拠として取調べた原審の訴訟手続は違法であり、原判決認定の恐喝の事実は、右の各証拠書類と被告人成田豊治及び原審相被告人西田正太郎の各供述又は供述調書を綜合して認定していることが記録上窺われるので、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明かである。又仮りに右証拠書類が適法であるとしても、右書類を含めた原判決挙示の証拠によりては右恐喝の事実を認むるに由なく、この点に於て原判決には理由のくいちがいがある。結局論旨は理由があるので、原判決は破棄を免れない。
よつて、爾余の論点に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条により原判決中被告人に関する部分を破棄し同法第四〇〇条によりこれを原裁判所である札幌地方裁判所小樽支部に差戻すこととする。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 黒田俊一 判事 佐藤竹三郎 判事 山崎茂)
弁護人西村卯の控訴趣意
第一、本件公訴事実中原判決の認めた恐喝の点は無罪と思料致します。夫れは(一)採証法上の違法と(二)事実誤認とより論ずることが出来ます。
(一)採証法上の違法 被告人成田に対する公訴事実中窃盗暴行に付いては争はありません問題は被告人成田が西田と共謀し昭和二十六年六月十四日余市駅前で車谷力三郎佐々木道作を恐喝し金五千円を喝取したりや否やにあります。此事実に付き被告成田は西田と共謀した事もなく車谷等を恐喝した事もなく従つて五千円を受取つたこともないと全面的に否認し原審相被告西田も亦自分一人の行為で被告成田は関係しないと言つて居るのであります。そこで検察官は立証段階に入り恐喝並に其他の犯罪の立証として (1) 裁判官の面前に於ける証人車谷力三郎の供述を録取した書面 (2) 同証人村川サヨの供述を録取した書面 (3) 検察官作成の佐々木道作に対する第一回供述調書 (4) 司法警察員作成の佐々木道作に対する第一回供述調書 以下(11)迄の証拠調を請求し弁護人は(5) より(10)迄は同意し其他は同意しなかつたのでありますが裁判官は全部の証拠調をなす旨決定し弁護人が反対したる(1) 乃至(4) 及(11)も亦証拠調をせられ其結果(1) 乃至(4) が原審判決の証拠に引用せられたのであります。然し此重大なる証拠になつた(1) の車谷(2) の村川サヨの供述調書は唐突に検察官より提出されたものであつて如何なる刑事訴訟法の手続により作成せられ如何なる段階を経て提出せられたるものなるかは記録上一切不明であります。
公判期日外に於て証人尋問をするには裁判官の職権又は検察官弁護人の請求に依らなければなりませんが夫れには夫々刑訴の規定があります。本件は多分刑訴第二二七条の捜査の規定に依るものと想像されますが夫れは想像であつて記録上夫れを証明するものはありません。若し刑訴第二二七条に依るものとするならば同条第二項に依り検察官は証人尋問を必要とする理由及び夫れが犯罪の証明に欠くことができないものであることの疏明をしなければならない。又刑事訴訟規則第一六〇条に依り同条所定要件を記載した証人尋問請求書を提出しなければならない。そして裁判官は証人尋問完了するや刑訴規則第百六十三条に依りこれに関する書類を検察官に送付しなければならんのであります。然るに本件には右証人尋問調書以外何等の書面もありません。肝要な前記疏明書面も証人尋問請求書もありません。裁判官が如何なる職権に依り公判期日外に公判廷外に於て被告人並に弁護人に告げ知らしむることなく証人を尋問し調書を作成したりや夫れが適法なりや不適法なりや一切不明であります。斯くの如く重大なる欠陥ある証言調書が重大なる犯罪の証拠となる道理はありません。若し刑訴二二七条の疏明並に規則一六〇条の規定は検察官と裁判官との間の関係であつて被告人並に弁護人の関知するところに非ずと言う解釈を取るならば夫れは驚くべき封建的思想であります。刑訴並に同規則の精神に脊馳するものであります。賢明なる裁判官に対し刑事訴訟法の講釈をする不遜を敢てするものではありませんが刑訴並に同規則第十一章証人尋問の規定を見るならば公判期日外に於ける証人尋問の際には特に慎重を期し尋問事項を弁護人に送付する。立会することが出来なかつた時には公判に於て其要領を告げ知らしめ防禦権行使に万遺憾なきを期し人権擁護に至れり尽せりの規定が尽してあるのであります。刑訴第二二六条が捜査処分であつて証人尋問の変体であるとは言え斯の如き変則の手段を執らなければならん事情を公明正大に明にし被告人並に弁護人をして納得せしめなければならんと言う事右法条自体より明であります。従つて証人尋問請求書、疏明書、証言調書は一体を為し不可分のものであります。是を分離し証人尋問調書一通では裁判官の公判期日外公判廷外に於ける尋問権の根拠不明従つて調書の適法性も不明であります。如斯調書を証拠に採用したるは明に訴訟法上違法たること論を俟たないところと思料致します。同一理由に依り検察官立証(3) (4) の佐々木道作に対する検察官並に司法警察員作成の第一回供述調書を断罪の資料に供した事も不法であります。本来この調書は直に証拠力が無いので検察官は裁判官に証人尋問を請求したのであります。然るに裁判官より証人の所在不明として書類が返還されたので検察官は始めて証拠力を生じたりとし右書類を証拠として提出された事と思はれます。
(11)の小樽支部裁判官より検察官宛関係書類送付書を見るに関係書類として(一)証人尋問請求書(一)証人尋問期日指定書(一)請書(一)送達不能の書類が明示してあります。私が知らんと欲するのは送達不能の書類であります。送達不能とは単に郵便を出したのに転居先不明として返送されたのか夫れとも適当な機関に依り所在を捜査したけれども知れなかつたのか判りません。被告人に聞くに余市町富沢町には佐々木の父が居住し佐々木道作も居るとの事であります。
前記供述調書に証拠力を生ずるや否やの重大なる事実なるに折角裁判官より送達不能を明にしたる書面の送付を受けながら之を公判に現出しなかつたのは検察官の落度であります。不可分の書類を分離した過誤であります。従つて此違法なる供述調書を証拠にした原審判決にも前同様採証法上の違法ありと信じます。
(その他の控訴趣意は省略する。)